地球外生命起源説

 1865年にドイツの化学者ヒエロムニス・リヒター(18241898)が,生命の胚種は隕石や宇宙塵によって地球上に運ばれてきたという説を提唱した。その後,イギリスの物理学者ケルヴィン卿が1871年に,ドイツの物理学者であり生理学者でもあるヘルマン・ヘルムホルツ(18211894)が1884年に,フランスの植物学者フィリペ・ティガン(18391914)が1891年に同様の説を述べた。

 一方,スウェーデンの物理学者スバンテ・アーレニウス(18591927)は,1907年に『世界の創造』という著書の中で,地球上の最初の生物は,地球以外のどこかの惑星上で発生した生物の胞子(胚種)が,太陽光による光圧で宇宙空間に飛び出し,そのひとつが地球にたどりついたものであるという,”パンスペルミア説”を提唱した。彼は,直径1μm以下の胞子であれば,地球の重力に抗して宇宙空間に脱出できることを示した。アーレニウスは粒子の宇宙空間飛行の計算を行い,その結果直径0.2μm(バクテリア程度の大きさ)の胞子は,約1万年かかってケンタウルス座のα星(地球から約4.3光年)にたどり着くという。しかし,粒子が小さいと別の恒星に近づいたときに,その恒星の光圧によって惑星に近づけないことになってしまう。そこでパンスペルミア説を信じていた当時の科学者は,隕石などに付着して惑星上に到達すると考えた。この考えによると,宇宙には生命の胚種が普遍的に存在していることになる。しかし,たとえ硬い殻で被われていたとしても,生命の胚種が宇宙空間で,真空・低温・放射線などの影響を受けて無事でいられるかどうかが疑問である。

 また,ホールデンが1954年に”アストロ・プランクトン説”というパンスペルミア説に近い説を発表した。彼は,アストロ・プランクトンという,生命を持ちながら活動を停止して宇宙空間を漂っている生物が存在すると主張した。このアストロ・プランクトンが原始地球上に飛来して,最初の生物が出現したと考えたようである。この説は,当時(1950年代始め)提唱された定常宇宙説を反映した考えである。定常宇宙説とは,宇宙には始めもおわりもなくずっと現在のままの形で存在していたという説である。この考えを生命の起源に適応して,ホールデンは生命にも起源はないのかも知れないと考えた訳である。しかし,この説はホールデン自身が以前に提唱した『化学進化説』における物質の進化の概念とは全く逆行する考えである。

 1973年に,フランシス・クリック(19162003)とレスリー・オーゲル(1927−2007)は,地球上に生命が出現する以前に他星系の知的生命体が,原始地球上に生命の種となる微生物をロケットで打ち込んだという,”狙い打ちパンスペルミア説”を発表した。宇宙の誕生は約150億年前であり,太陽系が誕生するまでには約100億年の時間があり,その間に他星系で,他の惑星にロケットを打ち込むことができる程度の文明を持つ知的生命体が出現した可能性は充分にあったと考えられる。クリックとオーゲルはこの説の根拠として,生化学的に必須な金属元素であるモリブデンの存在量を挙げている。彼らは,モリブデンよりも地球上に多量に存在するニッケルやクロムが必須元素ではなくモリブデンが必須元素なのは,地球の生物がモリブデンが豊富に存在する他の惑星から持ち込まれたものだからである,と考えている。

 しかし,地球の地殻ではモリブデンはニッケルやクロムよりも存在量が少ないが,海水中ではそれらの金属よりも多量に存在している。現在の考えでは,生命は原始海洋の中で誕生したと考えられているので,クリックとオーゲルの”狙い打ちパンスペルミア説”を支持する根拠にはならないと考えられる。

 以上の地球外生命起源説では,舞台を地球から他の惑星上に移行しただけであり,どのようにして最初の生命が出現したのかという疑問に対しては本質的な解決にはなっていない。現在のところ,隕石や彗星の中に有機化合物が存在するということは確認されているが,それは生物起源のものではないと考えられている。また,隕石の中で微生物が発見されたという報告はない。現在の一般的な考えは,地球上の生物は原始地球上で起こった,物質の『化学進化』の結果として出現したというものである。しかし,地球外生命起源説を完全に否定することはできない。例えば,生命が誕生する以前に隕石や彗星によって,原始地球上に種々の有機化合物が運び込まれていた可能性はあったと考えられている。それらの物質を材料として最初の生物が誕生したと考えれば,それは広い意味では地球外生命起源説になる可能性もあると考えられる。

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