生命の誕生

化学進化説

 地球上に最初に出現した生物は生命のない物質から生じたと考えられている。この化学物質の進化,すなわち化学進化による生命の誕生という概念を確立したのは,ソビエト連邦の生化学者アレクサンダー・オパーリン(1894−1980)である。彼は自分の考えを『生命の起原』(1924)という小冊子の形で発表した。そして,1957年に出版された『地球上での生命の起原』では,生命の発生のためには以下の物質進化の4段階が必要であると述べている。

 第1段階:炭化水素及び簡単な有機化合物の生成

 第2段階:アミノ酸,ヌクレオチドなどの,より複雑な有機化合物の生成

 第3段階:タンパク様物質,核酸様物質などの高分子物質の生成

 第4段階:代謝を行うことのできる高分子物質より成る多分子系の生成

オパーリンは化学進化の第1段階として,まず炭化水素やその他の簡単な有機化合物が非生物的に生成したと考えた。オパーリンは原始地球の大気組成は還元的であり,次第に現在のような酸化的な大気に変化したと考えた。

 第2段階では,還元的な原始大気(メタン,アンモニア,水蒸気など)から,種々のエネルギー,例えば紫外線,放電,熱,放射線などによって,アミノ酸などの生物有機化合物が生成したと考えた。

 第3段階では,第2段階で生成した有機化合物が重縮合し,高分子量のタンパク様物質などが生成したと考えた。

 第4段階では,非生物的に生成した種々の生体高分子様物質が集合し,組織化されて,独立した多分子系が生成したと考えた。オパーリンは,この多分子系のモデルとして,親水コロイド溶液から相分離によって生成する,コアセルベート液滴を例として挙げている。このコアセルベート液滴は,外界から物質を取り入れて液滴内部で反応を行い,生成物を外部へ放出する。コアセルベート液滴のような,原始的な代謝を行う多分子系が進化して,最初の生物が出現したと考えられる。

 オパーリンとほぼ同時に,イギリスの遺伝学者ジョン B. S. ホールデン(1892−1964)が,物質の進化の結果として最初の生命が誕生したという考えを,全く独立に発表した(1928)。ホールデンは次のように考えた。生物が出現する前の原始地球上では,紫外線が,水,二酸化炭素,アンモニアなどに作用して,有機物が無生物的に生成した。生成した有機化合物は海洋に集積したため,太古の海洋は熱くて薄いスープのようになった。この原始スープ(原始海洋)の中で有機物が相互作用を始めて,最初の生物が誕生した。

 今日の生命の起源に関する研究は,オパーリン・ホールデンの説を基にしていると言ってよい。彼らの時代に比べて,地球の成因論や原始地球の状態に関する情報が増えてはいるが,化学進化の大まかな道筋,すなわち,『単純な化学物質から複雑でより組織化された高分子物質が生成し,それらが相互作用を始めてついに原始的生物が誕生する』というシナリオは,現在でも広く受け入れられている。そして,化学進化を実験室内で再現しようとしている研究者たちがいる。

最初の生命が満たすべき条件

 地球上に最初に出現した生物は,多分単細胞生物であったと考えられる。その最初の原始的な細胞は構造や機能が非常に単純ではあったが,基本的には現在の細胞(生物)が備えているのと同様な生命の本質的な特性を持っていたと考えられる。生命の本質的な特性として考えられるのは,以下の4つである。

1. 外界との境界膜を持っている。

 生物の最小単位である細胞は,外界との境界として細胞膜という膜を持っている。細胞膜は水などの小さな分子だけを通す半透膜である。生物は,細胞膜を通して外界との間で物質などの交換を行う。つまり生物は外界との区切りを持つ開放系である。細胞膜は脂質とタンパク質からできている。

2. 自己複製・自己増殖をする。

 生物は自分と同じ子孫を残すことができる。つまり種を保存していく能力を持っている。また,生物個体内では,新陳代謝のように,常に古い細胞と新しい細胞が入れ替わっている。つまり,自己増殖能力によって自分の体を一定の状態に保っている訳である。これらの情報は,生体内のDNA中に保存されている。

3. 自己維持機能を持っている。

 生物が生きて行くためには,外界から食物などの形で物質を補給し,それを基にして生命を維持するための生体構成成分を合成しなければならない。それによって積極的に自己を保存して行く訳である。これらの物質代謝は,生体内では酵素(おもにタンパク質からなる)によって触媒されている。タンパク質はDNAの情報を基にして合成されている。

4. 進化する能力を持っている。

 生物は自己複製・自己増殖をするとともに,時にその姿を変化させる。この変化は自己複製の際にDNAの情報が変異を受けることによって引き起こされる。そして,自然淘汰によって適者が生き残り,高等な生物へ進化してきた。

以上の4つの条件を満たすような物質系(原始細胞)が原始地球上に誕生した時点が,地球上における生命の起源であると考えられる。地球上での生命の起源は約40億年前と考えられている。今のところ,地球以外の太陽系の惑星で生命は発見されていない。太陽系では地球以外の惑星には生命は存在しないようである。なぜ地球にだけ生命が誕生したのだろうか?

inserted by FC2 system