最古の化石(生命の痕跡)

微化石

 地球上で最古の化石は,通常の意味での化石とは趣が異なり,光学顕微鏡あるいは電子顕微鏡を用いて,バクテリアや藻類のような構造体を探す。このような化石を微化石という。

 最古の微化石は,約35億年前の地層から見つかっている。先ほど述べた,南アフリカのオンフェルワハト層群のチャートと,オーストラリア西部のノース・ポール地方のチャート及びストロマトライトからである。オンフェルワハト層群のチャートの中からはバクテリアらしい生物の微化石が見つかった。また,ピルバラ地方のストロマトライトからは藻類らしい微化石が見つかっている。ストロマトライトというのは,ラン藻の仲間が形成する縞状の構造を持った石灰岩である。つまり,ストロマトライトが存在するということ自体が生物が存在したことを示唆するものであるといえる。しかし,ピルバラ地方で発見されたストロマトライトに関しては非生物的に生成した可能性が高いことが最近わかった。

 一方,グリーンランドのイスア地方の堆積岩中からは,生物の痕跡らしい構造体は見つかっていない。一時期,この岩石中に細胞様構造体を発見したという報告があったが,現在ではそれは細胞ではないと考えられている。

 現在のところ,最古の微化石は約35億年前の地層から見つかっている。それらの微化石は,現世の微生物やラン藻類の仲間であると考えられている。つまりこの時代には,現在の生物とほぼ同じ様な生物が,地球上に存在していたことになる。この時代に存在していたラン藻の仲間は,光合成によって酸素を放出していたと考えられる。その証拠としては,約20億年前の地層に縞状鉄鉱床と呼ばれる酸化鉄の堆積物が全世界的に存在することが挙げられる。この酸化鉄の地層の存在は,この時代に酸素が生産されていたことを強く示唆するものである。

化学化石 

 微化石以外に,先カンブリア時代に生物が存在した証拠としては,化学化石と呼ばれるものがある。化学化石とは,岩石中に存在する明らかに生物起源の有機化合物のことである。例えば,アミノ酸にはL型とD型という2種類の構造があるが,現在の生物が使用しているアミノ酸は,一部の例外を除けば,ほとんど全てがL型と呼ばれる構造を持っている。また,アミノ酸以外に生物起源と考えられる有機化合物としては,奇数個の炭素を持つ直鎖状炭化水素,イソプレノイド類の炭化水素,偶数個の炭素を持つ脂肪酸,ポルフィリン環,炭水化物,ケロジェン,及びこれらの有機化合物の変性によって生成したと考えられる物質がある。

 1954年にアメリカの地球化学者のP.H.アーベルソンが化石中のアミノ酸の存在に関する報告をした。同じ頃に,日本の井尻正二も同様の研究を始めていた。また,1967年にアメリカの化学者のG.エグリントンとM.カルビンが,化石中や岩石中に含まれている有機化合物のことを『化学化石』と呼ぶことを提唱した。全く非生物的に合成された炭化水素をガスクロマトグラフィーで分析すると,一つの大きなピークしかないクロマトグラムが得られるが,生物起源の炭化水素を分析すると奇数個の炭素を持つ直鎖状炭化水素が鋭いピークを示す,特徴的なクロマトグラムが得られる。彼らは実際に,約6000万年前(新生代第三紀)の堆積岩中の炭化水素をガスクロマトグラフィーによって分析して,イソプレノイド及び奇数個の炭素を持つ直鎖状炭化水素が優位に存在することを確認した。

 しかし,有機化合物はどちらかというと不安定なので,先カンブリア時代の岩石中に残っているのは,その中でも安定な炭化水素やポルフィリン環程度である。

 カナダのガンフリント層の堆積岩の一種である頁岩(約19億年前),ローデシアのブラワヤン層群の石灰岩(約27億年前),南アフリカのフィッグトリー層群の頁岩(約31億年前)などの,先カンブリア時代の岩石試料を分析してみると,奇数個の炭素を持つ直鎖状炭化水素の優位性は失われている。しかし,イソプレノイド及び直鎖状の炭化水素のピークが大きなピークの上に重なって検出されるので,それらの炭化水素が生物起源である可能性も指摘されている。

 堆積岩中の不溶性高分子有機物であるケロジェンを分析した例としては,アメリカのB.ナジーが アフリカのジンバブエに分布するベリングウェストロマトライト(27億年前)から分離したケロジェンを分析している。彼は,分離したケロジェンを熱分解すると,2,5-ジメチルフランという化合物が遊離してくることを示した。この化合物は,炭水化物の一種であるグルコースなどが変性して生成すると考えられている。ケロジェンから2,5-ジメチルフランが遊離してきたということは,このケロジェンが生物起源であることを示唆していると考えられる。

 化学化石のもう一つの指標は,炭素の安定同位体比の偏り(δ13C)である。炭素には重さの違う3種類の同位体がある。そのうち自然界に安定に存在するのは98.89%の12Cと1.11%の13Cの2種類である。14Cは放射性同位元素であり,約5700年の半減期で窒素原子に変化する。δ13Cの値は次の式によって計算される。

 

 


ここで,(13C/12C)Sampleは試料中の13Cと12Cとのモル比であり,(13C/12C)Standardは標準試料の13Cと12Cとのモル比である。標準試料としては,海成の石灰岩が用いられている。つまり,δ13Cは標準試料との差を千分率(‰)で示す値である。現在の生物体内に存在する炭素は,δ13Cが−27〜−10‰であり,軽い炭素をより多く含んでいる。植物が光合成によって生成した有機化合物が12Cをより多く取り込むからである。

 グリーンランド・イスア地方の堆積岩中に含まれるグラファイトのδ13Cの数値を測定すると,-25〜-15‰を示した。この結果は生命活動の可能性を示唆するものである。

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