生物による地球環境の変化 2

人間による地球環境の変化

 植物の影響で大きく変化した地球環境が,人間の出現によってさらに大きく変化を始めた。その変化は,人間が文明を持ってからなので,今から約20万年前から始まったことになる。

1)農業の開始に伴う地球環境の変化

 人間が文明を持つようになった理由の内で,重要なポイントは火と道具の使用開始である。火を用いること覚えた人間は,それまで追い払うことができなかった大型肉食獣の攻撃を避けることができるようになった。これは天敵が少なくなったということでもある。

 また,火を使用して食料を調理することによってそれまで食べられなかった物も食べられるようになったり,加熱処理によって栄養価が増加したりして,効率的に栄養を吸収できるようになった。栄養状態が良くなった結果,体格が良くなったり,脳の容積が増大したりする変化が人間の体に起きた。

 そして火と道具を狩猟の時に用いることにより,より効率的に獲物を手に入れることができるようになった。獲物の量が増えるということは,養うことができる人数も多くなるということである。つまり,結果として人口が増加していった。この頃の人類の総人口は約500万人であったと考えられている。道具を使用し始める前の総人口は約15万人と考えられているので,40倍以上に増加した訳である。人口の増加に伴って,人間が生息する範囲は僅か数千年程で地球上の大陸全体に拡がっていったという。

 そして,12000年前頃から,動物の狩猟や植物の採取による食料の獲得ばかりでなく,動物を飼育したり植物を育成したりして食料を得るようになっていった。農業の開始である。実際には,狩猟・採取による食料の獲得と農業による食料生産を比較すると,狩猟・採取の方が効率良く食料を得ることができるし,労働時間が短くて済む。しかしこの頃に起きた気候変動によって,狩猟・採取による獲物の収量が激減してしまったので,農作業によって食料を生産しなければならなくなった地域が多くなってきた。

 その結果,人間は効率よく農作業を行うために一つの場所に定住するようになった。この頃に最後の氷河期が終わって温暖な気候になったことも農業の開始のきっかけと考えられる。

 農業を始めたおかげで食料の供給は安定した。その結果,人口はゆっくりとではあるが確実に増加し続けた。農耕によって食料が安定して供給されるようになり,人類の総人口は約5億人に達した。現在に至るまで,地球の全人口は疫病の蔓延・大規模な飢饉・戦争などが起きる以外は,減少することなく増加し続けている。

 そして,増加した人間を養うために,農地の拡大が始まった。最初は水資源の豊富な場所を農地にしていたが,単一の作物を生産し続けると土壌が痩せてきてしまう。そこで,転作をしたり別の土地を農地に使用したりすることになるが,その結果,森林を焼き払って農地にしながら周囲の環境を自分達の都合の良いように改変していくようになった。水資源がない場所では灌漑によって農業用水を確保することになる。

 しかし灌漑は土壌の塩化を招くことになる。灌漑用水に含まれる微量の塩分が土壌に蓄積したり,本来水分の少なかった土壌中に含まれていた塩分が用水の中に溶出したりすることによって土壌の塩化がおこる。塩化した土壌では作物が生育しないので,農地は廃棄されて別の場所に農地を移動することになる。それでメソポタミア地域では農業が行えなくなり,文明自体が滅んでしまった。

 このような状況でも人口は増加していたので,新たな農地を確保するために森林を破壊し続けていくことになった。この状況は現在でも変わりがない。また,人口の増加に伴い住居を建築しなければいけなくなった。その建材として使用する木材が大量に必要になり,森林の破壊に拍車をかけることになった。

2)工業化に伴う地球環境の変化

 18世紀の終わり頃に,蒸気機関が発明された。そして,人間や動物の代わりに仕事をする機械も発明された。しかし,機械に仕事をさせるにはエネルギーを与える必要があった。最初の内は,木材をエネルギー源にしていた。またこの頃には,製鉄のエネルギー源・建築材料・橋や船舶の材料・鉄道の枕木・紙の原料などで木材を大量に消費するようになってきた。その結果,森林の伐採による裸地が増加し人間の生活範囲の周辺の森林は急速に減少していった。例えば,イギリスの森林面積は紀元前には77%程度であったが,現在は12%である。

 周辺の森林から供給できる木材には限度があるので,次に人間は,エネルギー源として石炭を使用し始めた。化石燃料の使用開始である。

 石炭を使用するようになってエネルギー効率が良くなり,大規模な工業化が進むことになった。その結果,工業用水として大量の水資源を消費することにもなった。

 石炭は燃焼する際に有害な煙を発するので,工場地帯の周辺では大気汚染や水質の悪化などの影響が出始めた。イギリスの工業地帯であるグラスゴーなどでは,19世紀半ばに酸性を示す降雨による被害が報告されている。「酸性雨」という用語はこの頃に使用され始めた。また,石炭は暖房のエネルギー源としても使用されていた。20世紀初頭から,大都市のロンドンでは暖房の煤煙によるスモッグで市民の健康被害が報告されている。

 1950年代頃から,石炭よりも煤煙などが少ない石油が,エネルギー源として使用されるようになってきた。これをエネルギーの液化革命と呼んでいる。石油は石炭のように燃料として使用した後の燃えかすが少ないために取り扱いが容易であり,ストックするのにも石炭よりも場所をとらないために,一旦使用され始めるとすぐに大量に消費されるようになった。また石油はエネルギー源としてだけではなく,様々な化学製品の原料としても使用され始めた。重化学工業時代の幕開けである。

3)重化学工業の発展に伴う地球環境の変化

 重化学工業の発展によって,プラスチック製品などのような,それまで地球上に存在しなかった物質が大量に生産されるようになった。プラスチック製品は加工しやすく,衝撃にも強いので,またたく間に世界中に普及した。しかし,そのような物質の中の多くは,微生物によって分解され難い物質であった。その結果,廃棄物処理に関する問題が発生した。

 20世紀の後半には重化学工業の廃棄物が原因で様々な問題が発生した。日本では1970年代の公害問題や光化学スモッグなどが大きな問題になった。

 当時の日本における公害問題の中で特に注目されていたのは,一般的には四大公害病と呼ばれていた,イタイイタイ病(富山)・四日市喘息(三重)・水俣病(熊本)・第二水俣病(新潟)である。いずれの公害問題も,工場からの排水や排気などが原因であることが共通している。高度経済成長期の負の遺産といえる。実は,日本において公害問題が最初に発生したのは明治時代のことで,有名なのは足尾銅山事件である。明治政府は富国強兵政策を推進しており,昭和の高度経済成長期と状況が類似していたかも知れない。

 そして近年,局所的な公害問題ではなく地球規模の環境問題や,極微量で生体に作用する化学物質である内分泌かく乱物質(環境ホルモン)がさらに大きな問題になっている。

人類と生物の絶滅について

 現在の人類の総人口は約70億人に迫っている。地球という惑星の表面に生息している生物としては,この数字は異常に多いと考えられる。その結果,人類以外の生物種が急速に絶滅し始めた。人類は地球上に共に生息する生物種にまで影響を及ぼすようになった。

 実は人類による生物種の絶滅は,農業の開始によって人口が大幅に増加した時代にまでさかのぼることができる。

 人類がアフリカ大陸を出て,ユーラシア大陸に進出したのは約4万年前である。その頃から主に大型動物を中心として生物の絶滅が始まった。ベーリング海峡を渡ってアメリカ大陸に進出したのは約25000年前だが,アラスカで氷壁に足止めされていた。12000年前に氷河期が終わると氷壁に隙間ができ,北アメリカ大陸に進出することができた。その後1000年ほどで南アメリカ大陸の最南端の地域まで急激に生息範囲を拡大していった。それと同時に,アメリカ大陸に生息していた大型動物の80%が絶滅したという。この絶滅は,狩猟による減少だけでなく,人類の生息範囲を拡大するために森林を大規模に伐採したことも原因の一つである。森林の伐採によって生息できなくなった草食動物や,それを餌にしていた肉食動物が絶滅していった。

 近年でも,農地や木材資源の獲得のための大規模な森林伐採は行われている。産業革命以後の400年間で約600種類の動物種が絶滅しているという。植物に関する統計はあまりないが,たぶん動物よりも多くの種が絶滅していると考えられている。このような形でも,人類は地球環境に大きな影響を及ぼしている。 

気候変動と文明

 これまでは人類が地球環境に及した影響について述べてきた。ここからは,地球環境が人類の生活に与えた影響について簡単に述べる。先に述べたように,人類が行った最初の環境破壊は農業の開始に伴う森林の破壊であった。実は,人類が農業を開始したのは気候変動に伴う食料不足が契機になっている。12000年前頃に小氷河期が訪れ,人類の生息していた地域が寒冷化したことがわかっている。その結果,狩猟や採取によって得ていた食料が減少してしまった。その不足分を賄うために自らの手で食料を生産せざるを得ない状況になった。その後,再び温暖な気候に戻ると,農業生産が飛躍的に増加し,大幅な人口増加を引き起こした。農業生産による安定な食料供給は定住化の促進と貧富の差を生じさせ,結果として文明社会を生み出すことになった。

 最近では過去に起こった気候変動を100年単位の分解能で推定することが可能になった。寒暖や乾湿などの変化を人類の歴史と照らし合わせてみると,実に高い相関関係があることがわかる。民族の大移動が起こるのは気候が寒冷化して食料不足に陥った時が多い。気候の乾燥化に伴い,水資源の豊富な場所へ人口が集中して,都市文明が発展していったとも考えられている。

 また,大規模な火山噴火による突発的な寒冷化が人類に大きな影響を与えることもわかってきた。大規模な火山噴火は,局所的な気候変動ではなく全地球規模で気候変動を引き起こすようである。大規模な火山噴火のために噴出する大量の火山灰などが成層圏に達すると,太陽の放射エネルギーが遮られて地球規模で気温の低下が起きる。その結果,農業が大きなダメージを受け飢饉が発生する。14世紀から19世紀にかけて小氷河期に入った。この500年間に世界各地で火山噴火が起こり,気温の低下に拍車をかけた。この時代の後半には農業生産が大幅に落ち込み,ヨーロッパでは各地で革命が勃発するきっかけになった。日本の「天明の大飢饉」や「天保の大飢饉」もこの時期に起きた。

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